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福岡地方裁判所小倉支部 昭和42年(わ)788号 判決 1971年2月25日

主文

被告人は無罪。

理由

第一、本件公訴事実は、

「被告人は自動車運転業務に従事している者であるが、昭和四一年七月二〇日午後零時五〇分頃、普通乗用自動車を運転し時速約四五キロメートルで若松区方面から小倉区方面に進行し、交通整理の行なわれていない戸畑区中原下ノ浜境川橋西側交差点を右折しようとしたのであるが、被告人としては右側方並びに右後方の安全を充分たしかめた上その危険のない事を確認してから右折し、事故の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務があるのに之を怠り、バックミラーで後方を見たのみで漫然小廻りに右折した過失により、自車右後方から東進して来た本田秀夫(当一七年)運転の自動二輪車に気付かず自車前部を同車に乗つていた栄正臣(当一七年)の左下腿に接触させて同車諸共路上に顛倒させ、よつて右本田に加療二週間を要する左上下肢擦過創等を、右栄に加療三ないし六ケ月間を要する前頭部挫傷等をそれぞれ負わせたものである。」

というのである。

第二、そこで証拠に基づき検討するに、

一、<証拠>を綜合すると

(一)  本件交通事故の現場は西方北九州市若松区から戸畑区を経て東方小倉区に通ずる国道一九九号線上で、小倉区と戸畑区の境にある境川橋の西側十字路上(戸畑区中原下ノ浜境川橋西側交差点)であつて、同国道はアスファルト舗装された歩車道の区別のない巾員一一メートルの道路であること、被告人及び被害者の進行方向である若松区の方から進行して事故現場に至るまでの約五ないし六〇〇メートルの間は鉄道線路を跨いだ高架状(陸橋)をなしており、その高架の最高度地点は事故現場の手前約三〇〇メートルの地点であり、同所から事故現場の手前約一〇〇メートルの地点まではゆるやかな下り坂であるが、同所から事故現場までの約一〇〇メートルは比較的急な坂状を呈していること(上り勾配にして三度三〇分)、事故現場である十字路は変則交差点であつて、被告人らの進行方向からみて前記国道と右側戸畑区中原方面へ通じる市道(巾員約一七メートル)とはほとんど折り返すように鋭角に交差しており、一方左側戸畑区先の浜方面へ通ずる道路とは約四五度の角度で交差している、国道から右側交差道路への見透しは高低の差はあるが可能であり、左側交差道路への見透しは全くきかない、そして同交差点附近には当時信号機の設置がなく、交通整理も行なわれていなかつたこと、

(二)1  被告人は戸畑区民生事業協会に自動車運転手として勤務し、車輛運転の業務に従事するものであるが、昭和四一年七月二〇日普通乗用自動車(車巾1.85メートル、車長5.47メートルで霊柩車として使用のもの)を運転して若松区方面から小倉区方面に向かつて国道一九九号線を時速約四五キロメートルで東進中、同日午後零時五〇分ごろ前記事故現場である交差点にさしかかつたが、同交差点を右折転進するために、道路中央部に寄り同交差点の西側端から約三〇メートル手前(衝突地点から約二六メートル手前)の地点において後部点滅燈による右折の合図をなすとともに時速約二〇キロメートルに減速しながら約一六メートル進行し、同交差点の手前約一四メートルの地点で右側バックミラーで後方の確認をしたが追従車が見えなかつたので徐行しつつ更に道路中央部に寄り五ないし六メートル進行し、その間対向直進車を通過させたうえ、前方及び進入すべき道路上の安全を確認しながら同所から徐々に右折を開始しようとしたとき突如自動二輪車(単車)の音が聞えるとともにすぐ右後方に同車を発見したので直ちに急制動の措置を講じたが間に合わず、ほとんど停車すると同時に自車右側前部と同自動二輪車と衝突したこと、

2  同自動二輪車(ホンダ二五〇ccドリーム号)は本田秀夫(当時一七年)が運転し、荷台に栄正臣(当時一七年)を同乗させていたものであるが、本田は被告人と同一方向に向かつて前記国道上を時速約五〇キロメートルで進行し、事故現場の手前約一〇〇メートル即ち事故現場へ向かつて比較的急な下り勾配をなしている頂点附近において、先行する被告人の車に気付いたが、減速することなく(ギヤーをニュートラルにして降下したため、むしろ加速されたことが十分に推察される)進行したため、瞬時にして減速徐行する被告人の車の後方約一〇メートルに追い付き、そのままの高速度でしかも道路中央部を超えて被告人の車の右側を追い抜き前記交差点を直進通過しようとしたところ、右折するため道路中央部を超えて進行してきた被告人の車の右側前部と衝突転倒し、よつて本田秀夫は二週間の加療を要する左上下肢擦過創等の、栄正臣は三ないし六ケ月間の加療を要する前頭部挫傷、左下腿骨粉砕骨折等の各傷害を負つたこと

以上の各事実を認定することができる。

二、もつとも

(一)  司法巡査作成の実況見分調書における被告人及び本田秀夫の事故車輛の位置に関する指示説明と、当裁判所の検証調書における同人らの同指示説明とは相違があるが、実況見分調書は事故直後に施行された実況見分に基づき作成されたものであるから、同人らの右指示説明は新鮮な記憶によるものと考えられ、よつて右の点については実況見分調書の記載によるのが相当である。

(二)  <証拠>によると、「被告人の車が右折の合図をするのは見ていない、即ち右折の合図をしていない、また被告人の車を追抜こうとした直前に同車は左側に寄つた」旨供述をしているが、前認定のごとく、本田秀夫運転の自動二輪車は相当な高速度でやや急な下り坂を降下し瞬時にして被告人の車に接近し、そのままの高速度で同車を追抜き本件交差点を突走り通過しようとしているのであるが、このような運転方法から解すると、本田秀夫は本件現場が交差点であることを失念していたのではないかとの疑さえ生じるのであり、果して同人が被告人の車の右折合図の有無並びに同車の動静を確認したものかどうか疑わしい、又「被告人の車の後部信号燈の点滅を単にブレーキ燈と錯覚した」「自車が道路中央部を超えたとき被告人の車が左に寄つたと錯覚した」とも考えられ、かつ事故直後の実況見分の際には「被告人の車が左に寄つた」旨の指示説明をしていないことなど考慮するとき、本田証人の右供述部分は直ちに信用することができない、これに対し、被告人は急に右折を思い立つたのではなく、予め減速しつつ道路中央部に寄るなど右折準備態勢に入つていたことは証拠上明白なところであるから、特段の事情のないかぎり、被告人は同時に右折の合図をしたであろうことは被告人の供述をまつまでもなく一応推認できるところである。

(三)  <証拠>によると、右本田証人と同趣旨のことを述べているが、安定の悪い自動二輪車の荷台に乗つていた栄正臣が常時前方を十分注視出来る視野と精神的余裕をもつていたかどうか疑わしく、同人の証言も直ちに信用することができない。

第三、そこで判断するに、

一、右折車の運転者は、右折を開始するに当りその準備段階として、後進車との衝突を避けるために右折の合図をするとともにできる限り道路中央部に寄つて進行し、かつバックミラーで後方の安全を確認すべき義務を負うが、右折準備段階から右折開始態勢に入る段階においては対向車との衝突及び右折進入すべき道路上での衝突などの事故が発生する可能性が増大するので、これを回避するため前方並びに左右の安全を常時十分に確認すべき義務を負うことになり、それにしたがい後方の安全確認義務は後退するものというべきである。これに対して後進車の運転者は前方の注視を怠らない限り、先行車の右折の合図を当然に了知できるのであるから、その先行車の進行を妨げてはならず、これを追い越す際もできる限り安全な速度と方法で先行車の左側を通行すべきものと定められている。したがつて、右折車の運転者は右折開始態勢に入る段階においては特段の事情のない限り、後進車の運転者が右のごとく法規に従つて運転してくれるものと信頼して前方並びに左右の安全を確認しつつ運転すれば足り、それ以上に違法異常な運転をするもののあることまで予想し、それに対処するために更に後方の安全を確認すべき注意義務はないものと思料する。

二、ところで前記認定の諸事実に照らし考察すると、本件の場合、被告人は本件交差点で右折するため、交通法規に従いその手前約三〇メートルの地点で右折の合図をなすとともに時速約二〇キロメートルに減速しつつ道路の中央部に寄つて進行し、同交差点の手前約一四メートルの地点においてバックミラーで後方の安全を確認した上徐行しながら更に道路中央部に寄つて進行し、前方並びに左右の安全を確かめながら右折転進を開始しようとしたのであるが、そのとき本田運転の自動二輪車が交通法規に違反ししかも前方注視を怠つて、交差点を高速度で通過しようと突如道路中央部を超えて右斜後方より追い越し進行してきたためこれを避ける余地なく、同車と衝突したことが明らかである。そうすると、

(一)  検察官は「被告人はバックミラーで後方を見るのみではなく、更に右側並びに後方の安全を十分確かめる義務があつた」旨主張するが、前記被告人に対し、更に自車の後方から自車の右折の合図に気付かず、しかも法規に反して道路の中央部を超えて自車の右側を突如時速五〇キロメートルを超える速度で疾走し自車の進路を横切ろうとする車のあることを予測し、後方の安全を確認すべき義務があつたということは到底できないし、かつ右義務の存在を肯定するに足る特段の事情も認めることができない。なお被告人の検察官に対する供述調書によると「貴方は窓から首を出して右後方を確認したか」「そんなことはしません」との問答があるが。言うまでもなく本件の場合これをもつて被告人に過失があつたとすることはできない。

(二)  つぎに検察官は「被告人は右折に当り、道交法所定の交差点の中心の直近内側を右折しなければならない義務を履行せず、交差点中心の手前を小廻りに右折した注意義務違反」が本件交通事故の一因である旨主張するところ、前掲各証拠によると被告人は交差点の中心の手前を小廻りに右折しようとした事実を認めることができるが、前認定のごとく本件交差点は変則十字路であるため、被告人が同交差点の中心点の直近内側を右折するためには極めて急角度の、ほとんど一八〇度に近い右折方法をとらねばならないことになりその為にハンドルの切換を余儀なくされる状況にあること、一方右折車輛は安全を確認するかぎり出来るだけすみやかに右折を終え交差点から脱出すべきであることなどから解すると、被告人の前記右折しようとした行為は形式的にはともかく実質的には違反行為と断定することができるかどうか疑わしく、更に仮りに被告人が検察官主張の義務どおりの右折方法をとつていたとしても本件の場合事故の発生がなかつたと言うことはできず、むしろ同様の事故が発生したことが十分に予測されるのであるから、いずれにしても被告人のとろうとした前記右折方法をとらえ、これをもつて本件交通事故に対する被告人の過失とすることはできないものというべきである。

そして他に、被告人に本件交通事故に対する注意義務違反の事実があつたと認めるに足りるものはない。ただ被告人がバックミラーで後方の安全を確認した際、本田運転の自動二輪車の存在を認めなかつたが、これは同二輪車が被告人の車のかげにかくれていたか、または下り坂の状態や同二輪車の速度などからまだバックミラーに写る位置に来ていなかつたかのいずれかであると思料される。そして被告人は「車が写つていれば当然私は止まつています。」と当公判で述べているのである。

第四、以上により結局被告人に対する本件業務上過失致傷被告事件については犯罪の証明がないことに帰し、刑事訴訟法三三六条により被告人に対し無罪の言渡をする。(中田耕三)

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